昭和50年08月23日 月次祭
信心の有難いと言う事は、矢張り難儀を感ずる時。その難儀が癒される、例えば本当に喉の乾く時に、一杯の冷たい清水をよばれるのが、たまらん味わいであります様に、ひもじゅうてひもじゅうてという時に、一碗のお粥がもうこよないおご馳走である様に、そういう味わいを、味あわせて頂く都度に、信心の有難さというものが段々深い広い、言うなら愈々自分の信心の信条となって有難い勿体ない、恐れ多いと云う様な、おかげが受けられるんだと思います。
今日、朝食の時で御座いました。何の事からでしたかたまたまあの、先日あの善導寺の、元の総代さんの河野さんという方のご主人が、母が亡くなったと云う事を聞いて、お悔やみにおいで頂いた事からでした。あの中々熱心なご姉妹で新庄亭という料亭。こちら河野という大きなお魚屋さん。その方の姉妹に義理の姉妹ですけれども、飯田と言う所に香月さんという有名なお婆さんが、ご本部に歩いて参拝をしたと言う事が、何時も自慢の話をなさるお婆さんでした。
此の方は私の大変なまぁファンであり、まぁ何時も私の話を聞いて下さって、又人にも私の信心を色々吹聴して下さった方ですけれども。偶々その方の話が家内がほっとするんですよ。ほんにあのお婆ちゃんからでしたねぇと言う訳です。もう私共が愈々何もかにも底を突いて、言うなら貧乏の真ん中と言う様な時代に、家内とそれから家内はどの子でしたか知らんですけれどもおんぶをして、久留米の親教会の御大祭に、歩いて参拝をした時の事を家内が言うんです。
ちょうど椛目から三里とちょっとぐらいありますでしょう。櫛原。もう本当にそれは嘘の様ですけれども、その道中が楽しかったです。おわってから帰りかけておりましたら、その香月のお婆さんがあの、バスはどこから乗りなさるですかと言われる。いや私たちはまたぼちぼち親子三人で歩いて帰りますち言うた。ぞうたんのごとこれからあぁた椛目までも、歩いて帰るてんなんてん、そげなこつ言いなさんなと言うて、その時分二三十円だったでしょうか。
久留米から椛目までのバス代を私共にしゃっち要らんと言うとに、持たせてバスで帰して貰った事が。私はこの本当にこうあんな事があったねと言うてあの家内がそれを覚えておってあの道を歩いて行った。あそこのにきにはあぁいう物があったがと言う様な事まで今日話すんです。私は繁雄さんも今日は聞き役でもう本当に感動しました。そんな時代があったなぁと思うて。もうそれこそ財布の中に幾ら入っとったか知りませんけれども、もうある切りがお初穂であり底を叩いてお賽銭であるという時代ですからね。
もう帰りには歩いて帰らんならんこつが苦になるなんて事じゃなかったんです。そん時の事を家内が思い出した様に今日話すんです。本当こんな話はお前それこそ、残しておかなけれが出来ない話だねと言うてま今朝、朝食を済ませて頂いた様な訳で御座いましたけれどもね。もう本当になんと申しますかね。信心の味わい本当に信心の妙というなら、ここに極まったと言う様なその状態の時で御座います。
今日は図らずもお三宝の真ん中の、ビン缶詰のお供えが全部あれは雲丹と、そして鮎のウルカとカニが盛り合わせて御座います。今日はあちらこちらから雲丹を頂いたんです。綺麗な箱詰めですけれども、それは全部久富先生が出してからなさったんでしょうね。箱のまま全部出して、下が全部雲丹ばっかりです。上の方にまぁ大きな白い壷があったのは先日日田で北九州幹部の方達の、まぁ慰安会の様な事が御座いましてまぁ合楽が、合楽が受け持った訳でもないけれども。
秋永先生とそれから、綾部さんとがそれを引き受けて、一晩泊まりで日田の亀山亭でその会が持たれた。その帰りにお土産というて持って来てくれたのが、あの鮎のウルカで御座います。ウルカと言い雲丹と言い、それこそ雲丹の場合なんかは、あぁいうもうそれこそ海の栗といわれる位に、もうジガジガしておる。あの中に割ると、あの珍味と言われる雲丹が入ってるのです。
鮎のとてもジゴまで食べんてんて言うけども、そのあの特製のウルカですから、何時も日田から頂くのですけれども、あの鮎のとってもウルカの所だけを、塩漬けにしたんです。もうそりゃなんとも言えん味わいのものです。それこそ身が美味しい肉が美味しいと言うけれども愈々そういう肉にも。美味しい所にも飽いた人達が、あぁ言う素晴らしい味を発見したのでしょうね。それこそ心のなかはもうジガジガ。もうどうにもどこに持って行きようのないという様な時にです。
じっとわが心を見つめさせて頂いて、わが心の中にこういう難儀が、どこから起きて来るのか。こういう難儀をどうして私が、この難儀に会わなければならないのかと、自分自身の心の中にじっと思うて見ると。当然の事の様に、この難儀というものが、除けられないものだ。そして私がそれを矢張り受けて行かなければならない、運命にあるんだと分かった時にです。もう難儀で受けずにそれをおかげとして受けて行こうというのが、私がそう今日家内が話しておりました。
久留米の御大祭に親子三人で、お参りをさせて頂いてそして行きも戻りも、歩いて行く事なんか問題ではなかった。唯そうして神様に心を向けて行くと云う事が有難かった。それを、言うなら見かねてね、バス代を下さったお婆さんの事を、家内が今日思い出して話すんです。ならその時分の事が、本当に涙の流れるように苦しい事であったかというと、私共夫婦の心の中には、もう有難うして有難うして、言うならその言うなら道行きがね。久留米椛目間のその道行きがです。
もうそれこそ手に手を取っての、有難い信心参りだった時代の事で御座います。合楽の皆さんが段々信心を続けておいでられて、もうやんがて三十年になろうとしておりますが、本当に合楽で皆さんがおかげを受けて来られたと言う事は、ここの所の味わいを味わって貰たい、分って貰いたい、否その所だけを私は説いて来た様に思います「難じゃないばい、そらみかげばい、」「その難こそ本当の神様の神愛ばい」と言うて説いて来た。そこからね、そこからどういうおかげが展開して来たかというとです。
それこそ貧争病のない世界が展開して来たんです。貧と言う事は貧乏のない世界。争いのない世界。病のない世界。そういう世界が、合楽の信奉者の上に現れて来る。それはいいや私のほうはもうその日暮しで、後はもうやっとかっと手形が落てるやら落てんやら分からんというても。一遍だってほんなら落てなかったと言う事はないじゃないか。手形が。もうギリギリの走りこみのお願いの様であっても、やっぱお繰り合わせを頂いて来たじゃないか。さぁ今日はもうどうにも出来んがという時にです。
隣の人がならこの金使うときなさいと言うて、持って来てくれる程しのおかげを頂いたではないか。とにかくその日その日の立ち行きが出来れば結構だと仰せられるが、その日その日の立ち行きと云う事がです。神様の働きの間違いのなさをです。
いうならばジガジガの中に又は。それこそ魚のワタの中にジゴの中に、その味わいを分からせて頂いて来たのが、合楽の皆さんのいうならば信心の姿。そう言うのが合楽では、一段と皆さんにある意味で素晴らしいと言われる所のものではなかろうかと思います。先日、マルショウのキャンプが三日間でしたか。日田の甘木の教会の野営場、そら立派な野営場があるそうです。もうその為に沢山なリーダーの方達が、取分け殆ど甘木教会の修行生の方達で、その前後の御用をして下さったそうです。
もう実に見事なキャンプであったそうです。それに四十名のマルショウが集まっての中に、合楽が二十名あったんです。私は後で聞いてたまがった。もう甘木辺りは何人かしか出とらないけれども、お世話だけはそうやってなさったと言う程に、最近マルショウ活動の活発化ではなくて、不活発であると言う事が感じられます。この筑水ですから二十五ヶ所からの教会があるんですよ。それに合楽が二十名おかげを頂いておって、毎日毎日の楽しいキャンプを、おかげ頂いて来た訳で御座いますが。
最後にその感想作文を、みんな書かなければならなかった。それにね合楽の人達は、皆んなその子供達がね、神様が生き々と働いて下さった、その事を実感した事を作文に書いておったと言うのです。言うならば子供がそれぞれ、おかげ話が出来る程しのおかけを頂いておると言う事です。これは合楽の信心の只今申します様な信心を味おうたから。今日中垣さんの今、高校に行っております。
一年生の娘さんも一緒に参加しておりました。丁度終わってしもうてから足を挫いた。腫れてとても痛む。シップをして下さるあちらにちょっとその、医薬治療の方の事なさる先生方も見えておるんですから。シップをしてやる薬を塗ってやるとにもう要らん。もう御神米を頂いたから要らん。もうご神酒をお祭りしたから要らんち言うて断った。そうしてまぁ帰って来たので御座いますけれども。今日お母さんこの何もかにもが終わって、足を挫いた事の御神意、ご深慮と言う事をお母さん、本当に有難いと思う。
もし私が足を挫いていなかったら、昨日はこうだった今日はこうであったと言う、その事実をね感じておるです。そして今日はおかげを頂いてまた健康に戻っておると云う事の、その何日間かの間にです。何故挫かなければならなかったかと言う事をです。はぁもう本当におかげであったと言う事をお母さんに話して、お母さんが今朝からそのお届けがありました。と言う様にねマルショウの子供達でも、言うなら生きた神様をそこにはっきりと身近に感じれれるような教導を受けてきておると言う事で御座います。
今朝からの御理解に、それこそ皆んなが願って止まないおかげの展開。今日を境にこう言う様なお知らせを頂いたから、こういうおかげを頂く。お商売をさせて頂いとるなら、そら、手形がギリギリというのじゃなくて、何時もゆとりのある。もう全ての点におかげの頂けれる。いうならば珍味と言う事もさる事ながら。矢張り鯛ならば身の所が良い。鮎もそんなジゴばっかりよりも、身のそれこそ鮎の白焼きという、白焼きの味わいの方が実を言うたら、まぁだ良いのであって。
それを食べ飽いた向こうに、そういう味わいがまた必要であって。どういう場合であっても、だから有難いという、あれを開くんですけれども、矢張り鯛のお刺身が良い鮎の白焼きが良いとなる訳です。そういうおかげのね頂けれる、そういう働きを神様が、見せて下さる事になったと言うので御座います。その日その日が立ち行けば楽じゃと仰るが、その日その日の立ち行きも有難い事ながら、その日暮し的なものからです。そこにゆとりのある豊な優雅な生活が出来る様な、貧争病だけではなくてです。
言うならば真善美の輝く様なおかげの世界が開かれようとしておる。その扉が開いた様な今朝の御理解を頂くので御座います。私は今朝のご理解を説きながらね。何時も金銭の送り合わせば一生懸命願よりなさる人は、参って来てあるじゃろかと思うてこうやって見て見てね。毎日お参りをして来よってからもう、毎日毎日金銭で難儀をしておる人達が、今日参って来てないかったのに、今日ばっかりは驚きましたです。悲しかったです。今日に限って寝忘れとりましたと言う訳でしょう。
今日まもうどうせ月次祭ですけん。もう今晩お参りするけんという人もあったかも知れません。だから今日私がここに座っておる間に、お参りをし合わせて来た人達はですおかげ頂いたね。今日はこういうおかげの頂けれる。今日の御理解はどうでも御理解を頂いて、あの御理解の中にある信心を、一つ分からせて貰わなければいけないねと言うて、まぁお話をした事でした。
言うならば神様がね金庫をこう、もう開けておって下さる様な感じです。と言うて自分達の中ば、こうやってわが良かごとして良いという意味じゃ無いのですから。幾ら例えばおやつが欲しい欲しいと言うても、今食べたばっかりじゃないかと言うて、やらない時もあるけれども。今度は親の方がその事におかげを頂けばね、言うならもう下さろうと待って御座るという感じがね、今日を境にそういうおかげの展開とはなるだろうという御理解で御座いました。ですから。
今晩は出来ないならば、明日でも明後日でも何時でも良いから、今日の御理解を一つつぶさに、皆さんお聞き取りを頂いて。これから変わろうとしておる合楽。いうならば万屋的な信心から、デパートに大きく成長しようとしておる合楽。その合楽の中にです、皆さんが、おかげを受けなければ言うならば、ゆとりのある信心生活が出来る様なおかげを頂かなければ、皆さんが大きくならなければ、合楽は大きくなられない。ですからどうでも皆さんが、下さろうとするおかげを頂かなければならない。
そこでです私はそれを受け止める心は、今日の御理解の中から言うとです。十年と信心が続いたらわれながら、わが心を祀れと仰せられる。この信心だと言う事でございます。本当に信心のなかった時には、まぁ去年までぐらいは、もうこげな事言われるなら、腹ん立ってこたえじゃった。もうこげなこつが起こって来るなら、血の涙が流れるだろうと思う様な中にあっても血の涙どころか、腹が立つどころか相手の事が祈られる、いや血の涙どころではない、有難涙に暮れられる程しの心の状態の事であります。
それを言うならば豊かな麗しい心だと思います。一つ皆さんもう本気で徹底してです。豊かな心を願っていかなければいけません。どう言う事が起こって来てもです。どっこいともう受けさせて頂けれる心行が、心の中に続けられなければいけません。ぽかっとしとるから、ガンとやられると、顔色がぱっと変わって来るのです。だから何時も心の中の行をしておる。どう云う事を言われても、どう言う事があっても、いらいらジガジガはせん。もう神様にお縋りをしての事であるから。
神様のお取次ぎを頂いてからの事であるから。どう云う様な事が起こっても、有難いで受けるぞと言う様に。自分の心の中に言い聞かせながら、自分の心を練らせて頂いておる、その事が心行なのです。そういう時にガバッとやられる時にはぁさぁ、さぁ来たち言うごたる風で受けられる訳です。そら嫌な事かも知れません。腹の立つ様な事かも知れません。その嫌な事の向こうに。腹の立つ様な問題の向こう側に、そのいうならばおかげの頂けれる鍵が隠されてあるとするなら、腹は立てられん。
いらいらは出来んと言う事になるじゃないですか。神様が下さろうとしておるのは、そこなんです。いらいらジガジガの。そこん所をいらいらするもんだから。そこんとこで腹を立てるものだから。向こうのほうに隠してあった良いものには、言うならば珍味には触れられない事になって来るのです。もうそれこそはらわたの千切れる様な時の、その向こうに。それこそ鮎のウルカの様な味わいのものが隠されてある。ジガジガもやもや腹が立つと言った様な時の向こうに、雲丹の様な珍味が待っておる。
そう云う事を私共が段々分からせて頂いたら、有難いと言う事になる。それを有難く受けていけれる稽古が出来てくる。そこに私は神様が。言うならばその日その日が立ち行くというのではなくてです。豊かな言うならば優雅な生活が、また出来る様なおかげ、お繰り合わせも頂けるだろう。私共もついついと言うよりも、もう三十年にもなりますからね。今日の家内の話じゃないですけれども。けれどもそういう難儀というものは、長くは続かなかったです。そういう時代をです。
もうそれこそ水も漏らさん様な信心をさせて、言わば頂いておったと思うんですけれども。一切が有難いで受けて行っておりましたら、そういう苦しい事は何年もは続かなかった。そして椛目の里で人が助かる様になった頃にはもう、その時代時代で違いはしますけれども。食べるに食を欠く様な事もなからなければ。払わなければならない金が、払われないと云う様な事も無ければ、それこそ有難い勿体ない、いうなら何十年がその後続いて、しかも段々それが末広に、今日に広がっておるので御座います。
ですからもう合楽が受けておる様なおかげをです。皆さんがおけげを受けて下さらなければならない、言うならば時になっておるという気が致します。それには皆さんが三年、五年、又は十年、二十年と信心の稽古をなさって。そういう言わば突発的な事やら、難儀な問題の中にです。こういう神様のご深慮があったと云う様な体験を、皆さんがもう随分と頂き、積みかさねて来ておられ、そして神様の一分一厘の間違いなさを体験しておられるので御座いますから。その体験を基礎として。
神様が下さろうとしておるおかげを、どうでも受け止めて頂きたいと、もう心から思います。そのためには、今私が申しました本気で一つ、そういうおかげを頂かせてもらう。神様が下さるなら、一つ本気で受けようぞと言う信心の姿勢を作って下さらなければなりません。その信心の姿勢を作る事に、愈々本気にならせて頂いて、一つおかげを頂いて頂きたいと思います。
今日の事の、言わば詳しい事は、今朝の御理解に聞いて頂いておりますから、是非一遍お聞き取り頂いて。そして合楽私自身、また合楽教会自体がです。それこそ年勝りそれこそ日勝り、月勝り、年勝りにおかげを頂いて来ておる何十年かを、皆さんが思うて下さって、そういう難儀が、何時まででも続くのではない。そこでここでスキッとした、垢抜けのした。受け方頂き方というものを、愈々自分の心の中に、豊かに頂かせて貰う稽古をさせて頂いて、おかげを頂き留めて頂きたいと思うので御座います。
どうぞ。